角幡唯介「極夜」という探検の哲学

第4回 Day39:食料補給ゼロ 〜死と生と冒険

 それは極夜の中を160kmほど歩き続けた先に起こった。より正確に言えば、すでに起こっていた現実にやっと追いついたと言うべきか。39日目にしてたどり着いた食料補給基地で、事前に準備していた食料が、すべてシロクマに襲われてなくなっていたのだ。

角幡 唯介 Yusuke Kakuhata
作家・探検家。1976年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2003年、朝日新聞社へ入社。2008年退社。主な著書に『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社/開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『雪男は向こうからやって来た』(集英社/新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社/講談社ノンフィクション賞)、『探検家の日々本本』(幻冬舎/毎日出版文化賞)など。近著に『漂流』(新潮社)。文春オンラインにて北極探検記「私は太陽を見た -80日間一人極夜の旅-」を連載中。

「ひどい惨状です、そりで運んだ1か月分の燃料と食料があったんですけれど、天井が破られて中に侵入され、きれいさっぱり何も残っていません。非常にショッキングです」

 角幡は現地でこう、ビデオにおさめている。3ヶ所に用意していたデポは、すべて被害に遭っていた。兵站が途絶えた状態で、これ以上先に進むことはできない。かといって、村に引き返すにしても、この極夜の暗闇では困難なルートが途中にあるので、少し明るくなってくる1ヶ月先まで、暗闇の中に留まるしかない。幸い、まだ自分の食料は1ヶ月分ぐらいあった。

「自分の食料がなくなって村に帰れなくなるという不安はなかったんです。なんでかというと、最終的に犬を食えばいいと思ったから。足りないんだけど、犬がいるから俺は死なない、というのがあったから、それで自分が死ぬという恐怖はなかったんですけど、犬の食料が足りなかったから、まず犬の食料を確保して旅を続けるためには、狩りをして大きな動物を獲らなくちゃ駄目だとなって。それで獲れなかったら最後犬を食って帰るしかないと思ったんです」

絶対に狩れるはずだ

 こうして2週間ほど狩りを試みたものの、まったく獲れなかった。それまでの行程で、クマの足跡はいくらでも目にしていた。でもいざ狩ろうとすると、動物の姿が見えない。極地探検ではこれまで、いくらでも狩りで食料を調達していた。だが追い込まれたこの極夜で狩りをするには、あまりにも暗すぎた。

「自分の食料も足りないから無意識に食い残しをしていて、ちょっと肉少なめにしたりとか。そうこうするうちにどんどん消耗していって。疲れも当然あったし、精神的なものもあったと思うんですけど。狩りをしている途中でガッて肉体の消耗が来て、気づくとすごい遠くまで来てて、急に怖くなったんですよね。帰れなくなるんじゃないかと思って。こんな暗いところ、こんな遠くまで来ちゃってって。ちょうどその時にマイナス40度ぐらいの寒さが来たりとか、空腹感がガーッといきなり高まったりとか、獲物も見つからないし、犬も死にそうだし、その時に恐ろしくなったんですよね。その時が一番大変だったかな」 

 自分の食料も削りながら、犬には自分の排泄物を貴重な食料として与えた。「大丈夫、絶対に狩れるはずだ」という思いが裏切られつづけ、孤独な暗闇で停滞するうちに、次第に精神的に追い込まれていった。

「たぶんこのままだと犬は死ぬだろうな、という段階では、犬を殺すというか、死んだ犬をどうするかとか、犬が死ぬ前に寝ている間に氷漬けになっちゃったら、たぶん皮をはいだりできなくなるから、最後は自分で殺さないと駄目だろうなとか、その殺すシーンとか、どうやって殺そうかなとか、そういうのを勝手に考えちゃうんですよ。毎晩寝袋の中に入ると。それで途中から寝れなくなっちゃったりしたんです。興奮しちゃって。気持ちが昂っちゃって。もう犬殺さなくちゃ駄目だ、みたいな」

 その時の精神状況を、頭の中で「20〜30ぐらいのレイヤーが一気に並列で動いているような感じ」と角幡は表現している。これまで探検をともにしてきた相棒の犬を殺す場面が「文章になって出てくる」というのは、稀代のノンフィクションライターの面目躍如と言えなくもない。「行動している自分を客観的に文章記述している自分みたいなのも同時進行でいるような感じはありますよね。冷静に見ている書き手の自分が」。建前上は想定していても「事実上は想定外」だったことが起こった時に、角幡の中の一つのレイヤーには、「まさにノンフィクション」という感覚があった。筋書きがないからこそ、「途中でワクワクじゃないですけど、これどうなるんだろうというのも」あったという。

死ぬような目に遭わなくてはならない

 探検には常にリスクがつきまとう。あるいは「死」がつきまとうと言ってもいい。いわゆる古典的な「探検」においては、いかに死と隣り合わせであるかが、その冒険の価値と比例するような世界観が存在することも事実だ。それに、もしある冒険をノンフィクションに書き上げるなら、当然ながら、死の淵に立たされる絶体絶命のピンチがあるほうが盛り上がるというものだ。角幡もこれまでに度々、そうした冒険観をうかがわせる記述を残している。たとえば、僕が編集を手がけた翻訳書『ロスト・シティZ』の書評ではこう書いている。

「こういう本の向こうを張って、さらに上に行くには、自分が死ぬような目に遭わなくてはならないということなのだろう。まったく困ったものである」

 あるいは、極地について。『アグルーカ』のモチーフとなったフランクリン隊に言及してこう述べている。

「北極の本質はやっぱり、129人が死亡する、闇夜と夜に支配された恐怖の大地でしょう」

 興味深いのは、「サードマン」への言及だ。サードマンとは、人が死の淵に直面した時に現れる、幻想上の第三者であり、その人物に誘われ、先導されることで、最終的に生還を果たした、という報告事例がこれまでにいくつもあるのだという。後に『空白の五マイル』(集英社、2010年)で描かれるツアンポーの探検で、角幡は過酷な自然環境の中で確かに死を意識する場面に直面した。だがその時に「サードマン」が現れることはなかったことを、角幡は一抹の悔しさをにじませながら書いている。まるで自分の「死の経験」が充分ではなかったかのように。

『空白の五マイル』の舞台、ツアンポー峡谷。チベット東部に位置し、激流のツアンポー川がヒマラヤ山脈の断崖に挟まれた世界最大の峡谷。角幡は2002〜2003年、当時まだ空白地帯として残されていた五マイルほどの峡谷の核心部を単独で探検、踏破に成功した。未知のエリア、巨大な岩壁、滑落、寒さなど、精神と身体の極限状態が続いたこの探検では「サードマン」がその姿を角幡に見せることはなかった。

 サードマンには「現れやすい条件」というのがあり、そのひとつに、自然環境や行動が単調であることが挙げられている。だから「平らな氷原を延々と歩く極地探検では比較的出没例が多いそうだ」と角幡は書いている。果たしてこの極夜探検において、彼は「死」というものをどれだけ意識していたのだろうか? それも、僕が特に今回のインタビューで訊いてみたい質問だった。探検家と言われる人々は、きっとその自意識が芽生えた時から、この問いを幾度となく繰り返し、自分に問いつづけているはずだからだ。

「昔はリスクがないとつまらないというか、リスクがあるからこそ、みたいな考え方はやっぱりちょっとしてましたけど、最近はないですよね。リスクを求めてやるというよりも、どういう未知があるのかというか、その環境がどれだけ未知か、というほうが関心があるというか」

「死んでいたと思うんです」

 ただ、未知な状況ということは人類がまだ知らない、先が読めない状況だという意味であり、そこにはリスクがどうしても存在する。これまで誰もが踏み入れなかった領域には、踏み入れなかったそれなりの理由があるはずなのだ。

「例えば今回の極夜だったら、極夜の時期に行くのは初めてだけど、それ以外の時期で他の場所を調べたりとか、極地の環境自体に習熟したりとかっていう外堀を埋めて、ある程度読めるような経験を積んでから行くということだとは思うんです」

 彼が極地に遠征するのは今回で5回目であり、グリーンランドの今回の探検地域に足を運ぶのも3度目で、この地域一帯の相当いろいろな場所に行っている。実際にその場所を歩くことで、「地元の人より知ってるんじゃないかというぐらい」その土地についての知識と経験値を積んでいった。そういうベースがあったから、暗い中でも「ここはもしかしたらあそこなんじゃないか」とか、「あそこに行ったらジャコウウシがいるんじゃないか」といったことが想像できたりしたのだ。

探検に必要な食料をデポするため、グリーンランド最北の村・シオラパルクに入村する角幡。大勢の「地元の人」に迎え入れられた角幡は、この村を拠点にした入念な準備期間を経て「地元の人」を上回るほど、その土地についての知識と経験値を積む。この知識と経験値は、探検39日目に遭遇するシロクマがもたらした最大の危機から角幡を救っただけでなく、愛犬ウィリミックの命も繋ぎ止めた。

 明るくなるまで1ヶ月ほど時機を待ったのもそうした経験による判断だった。ここの氷河はどういう問題があるのか、暗い状態で氷河を行って、別なところに降りてしまったらどうなるか、といったソフト面での知識がどんどん増えていった。けっきょくデポは駄目になったけれど、デポを運ぶためにあれだけ歩き回っていたことが大きかったのだと、探検の最中にひしひしと分かってきた。

「今考えたら、それがあったからできたと思うんです。2014年に僕、子どもが生まれなかったら行ってたと思うんです。で、たぶん氷河を超えて、ちょっと暗い中、北の方へ『偵察に行ってみます』みたいな感じで行っていたと思うんです。40日分ぐらいの食料を持って。そうしたらたぶん帰ってこれなかったと思うんですよ。死んでたと思うんですよね。偵察のつもりで氷河に上って、氷床とかちょっと横断したりとか、変な氷河に降りちゃったりとか、今回のルートの一部にもし行ってたとしたら、たぶん村に戻れなくて、6〜7割の確率で死んでいたと思うんです」

 もちろん、いくら経験を積んだからといって、死のリスクをゼロにすることはできない。探検とはそもそもそういう類いのものではない。実際、今回もデポのためにカヤックで移動中に1トンもあるかというセイウチに襲われて九死に一生を得ている。また探検中も、二つあるソリを一つずつピストン輸送で運んでいた時に、防寒具やテントが入ったソリを見失い、その場を何度も探し求めてさまよい歩いたことがあった。そのまま見つからなかったら、確実に凍死していたはずだ。

 だが極夜の旅に角幡が求めていたのは、死のスリルではなかった。それは、新しい冒険・探検の表現の開拓であり、死そのものよりも、死を内包した「生」にこそあった。その「生」とは例えば、何ヶ月ぶりかに全身で浴びる太陽の光に象徴されるものだった。

(最終話につづく)