角幡唯介「極夜」という探検の哲学

第1回Day 0:準備 〜なぜ極夜なのか?

 極夜──北緯(南緯)66度33分以北(南)の極圏で冬に起こる「長い夜」のこと。つまり、一日以上太陽が昇らない日があることだ。例えば北極点では、半年が極夜で半年が白夜となる。極夜とはつまり、闇に閉ざされた雪と氷ばかりの極寒の世界を意味する。もちろん、あまり快適とは言えない環境だ。

 探検家の角幡唯介は、2016年12月から80日間にわたる極夜の単独行から帰還した。「なぜ極夜なのか?」 これまで数々の旅を通じて常に「現代における探検の可能性」を追究してきた角幡に、彼の著書をすべて愛読する一ファンでもある僕は、ぜひ直接訊いてみたかった。「初登頂」や「人跡未踏の地」といった分かりやすい達成でもない、真っ暗で、単調で、(少なくとも僕のイメージでは)悲惨で惨めで極寒の極夜に、なぜ彼は向かったのか?

角幡 唯介 Yusuke Kakuhata
作家・探検家。1976年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2003年、朝日新聞社へ入社。2008年退社。主な著書に『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社/開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『雪男は向こうからやって来た』(集英社/新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社/講談社ノンフィクション賞)、『探検家の日々本本』(幻冬舎/毎日出版文化賞)など。近著に『漂流』(新潮社)。10月より、文春オンラインにて北極探検記「極夜の探検」の連載を開始予定。

最初から極夜の場所に行きたかった

角幡が初めて北極圏に足を踏み入れたのは2011年の春だった。カナダ北極圏の氷海や荒野を1600キロにわたって踏破し、のちにそれが第35回講談社ノンフィクション賞を授賞した『アグルーカの行方』(集英社、2012年)に結実する。「もともとアグルーカの時も、最初僕は、フランクリン隊の足跡をたどるよりも、実は極夜のほうをやりたかったんです」と角幡は言う(もしそうなっていたら、あの名著は生まれなかったわけだ)。

「北極に行きたいというよりも、最初から極夜の場所に行きたかった。だけど、極地も行ったことないのにいきなり極夜のハードな季節に行って、不安だとかあるじゃないですか。どんな場所かも分からない。いろいろと調べたりしていくうちに、フランクリン隊の記録をたまたま読んで、そっちにもすごい興味が出てきたんです。それで、これをテーマに旅をしようかなと」

 この探検は友人で北極探検家の荻田泰永と二人で行なっている。「北極の知識と経験は荻田君のほうが。僕は初めて行ったから。でも発案者は僕で、計画の推進力になっていたのは僕。結構ちゃんと役割分担が決まっていた」。もし荻田が「じゃぁ、極夜に行ってみようか」と言っていたら、果たして最初から極夜に行けただろうか、と尋ねてみた。北極圏の1600キロ走破が、極夜より楽だとも思えない。

「実際に行ってみて分かったのは、極夜の時期って旅するにはまだ早いんですよね。12月は結氷がまだ甘いんです。だから、基本的に行ける場所が限られている。北極ってけっきょく海を歩くわけで、冬だとまだぜんぜん氷が甘くて、2月、3月になっていくにつれてどんどん氷が分厚くなっていって、それで春にようやくちゃんと歩けるようになる」

 だから、極夜探検をやろうと思ってもなかなか適した場所が見つからない。荻田からも「その時期まだ凍ってないんじゃないか」と最初から言われていたという。

「どこで極夜の探検をしたらいいのかを探すのに時間がかかりましたね。2011年に行ったカナダのケンブリッジベイは北緯70度ぐらいで、あまり暗くないし、1カ月ぐらいで極夜の時期は終わっちゃう。昼間の5〜6時間は、太陽が地平線の下までかなり近づいてくるので明るくなるんです。そこそこ大変ではあったんですけど、ちょっと極夜的にイマイチだなと思って(笑)」

世界最悪の旅

角幡のこの極夜への偏愛はどこから来るのだろう? 最初のきっかけは、学生時代に読んだ、『世界最悪の旅』だった。イギリスのスコット南極探検隊の悲劇を描いた古典だ。

「その本の中で、極夜の時期に40日ぐらい冬の南極を旅する話があるんです。たぶんそれがすごい印象に残っていて。昔の極地探検の話って、今みたいに飛行機がなかったから船で行って、冬の間は必ずどこかで越冬するんです。その間行動しないで、船の中で橇を作ったり毛皮服を縫ったりとか準備する。で、太陽が昇ってくるわけです。『ああ、3カ月ぶりの太陽だ』といったことを言うわけです。そういうのを読んでいるうちに、『3カ月太陽が昇らないとか、何それ』って、ずっと思っていたんです」

 その「何それ」は、探検部に所属して「冒険」に飢えていた学生時代の角幡の中では、あくまでもポジティブな興味として沸き起こったようだ。つまり、それが「世界最悪の旅」だとは、どうやら思わなかったらしい。

「憂鬱で大変で過酷で、しかも寒いから、悲惨な世界だなとは思うけど、地球にそんな場所があるんだ、みたいな。太陽が3カ月間も出ないで、それで昇ってきた太陽を見た時に人は何を思うんだろうとか、漠然とした好奇心があったんです。それで、最初に北極に行こうと思った時は、極夜がいいなと思ったんです」

2016年12月15日、氷河を上りきり、広大な氷床の入り口に到着。月の光で良好な視界は、23日の新月を境に光のない世界へと変わる。

 しかし、こうした極夜への好奇心は、より直接的で分かりやすい「冒険」への渇望によって、暫くの間は脇へ追いやられていた。彼が「大学時代から人生最大の目標と決めていた」チベット、ツアンポー川流域の「空白の五マイル」の踏破をついに成し遂げると、「次はニューギニア探検に向かうつもりでいた」という。そんな彼を再び「極夜」へと向かわせたのは、ある一冊の本との出会いだった(そのことを、角幡は毎日出版文化賞書評書を授賞した『日々本本』(幻冬舎、2015年)に書いている。本を読むことがどれだけ人の人生を変える[狂わせる?]のかを鮮やかに描き出す本書を、書籍編集者である僕は当然ながら激しくおすすめしたい)。

終末の世界

「今、ふり返ると、『ザ・ロード』を読んだことで私の人生は大きく変化を受けることになった。本というのは人との出会いのようなもので、あのとき、あの本を読んだことで自分の人生は今このように変わった、ということがたびたび起きる。この『ザ・ロード』という本は私の人生において、まさにそのような本の代表的なものとなった。[中略]それに近い世界が現実の地球上のどこかにあるはずだと考えをめぐらせたときに浮かんだのが、雪と氷しかない極寒の極地の世界だった」〔『日々本本』〕

 廃墟と化した世界で、もはや社会規範も倫理感も失われ掠奪や殺人をためらわない人間たちの手から逃れ、わずかに残った食物を探しながら、ひたすら凍てついた荒野を南へと進んでいく父子の絆を描いた現代文学の巨匠コーマック・マッカーシーのピューリッツァー授賞作に、角幡は果たして何を見たのだろうか?

「私が『ザ・ロード』を読んで思い浮かべたのは、この『世界最悪の旅』に描かれたどうしようもないほど悲惨な極地の世界だった。この本には隊員たちが凍傷に罹り、衰弱死、そして絶命していくさまが、スコットや他の隊員の日記を引用しながら克明に記されている……その姿からは、極地に行くと人間はこうなってしまうのか……という不気味なものが感じられて、私はこの本に慄然とした。今から思うと『ザ・ロード』が私に喚起したのは、この『世界最悪の旅』の中に描かれた極地という世界が持つ終末的な虚無感だった」〔『日々本本』〕

 この「終末的な虚無感」を目指して、その後何年にもわたる、角幡の極夜探検の準備は始まったのだ。

(第2回につづく)